豊臣兄弟!大河ドラマ館「大和郡山」に行ってきました!

大河ゆかりの地

大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、舞台が大和郡山となり、秀長の国造りと秀吉の天下取りが始まりました。

ところで、今回は、9月に、「豊臣兄弟!」大和郡山大河ドラマ館へ行ってきたご報告ブログとなります。

大河ドラマ館の見学後は、「郡山城跡」の周辺散策もしました。

散策で印象的だった追手門、天守台、柳澤神社等、大和郡山城跡の見どころもご案内します。

「豊臣秀長」を知り、「大和郡山」の歴史を満喫できる一日になります!

是非、ご覧くださいね。

それはそうと、「豊臣兄弟!」については、キャストや「歴代の大河ドラマで豊臣秀長を演じた主な俳優」も、別ブログにてご紹介しています。

ご覧頂ければ嬉しいです。

当ブログ運営者は、大河ドラマ視聴歴40作品以上で、大河ドラマを見ることが趣味の就労ビザを専門としている行政書士です。

また、旅行の添乗員、中国語の全国通訳案内士の経験もあります。

大好きな大河ドラマ、資格を基にしている仕事、語学の経験をブログで発信しています。

豊臣兄弟!「大和郡山」大河ドラマ館の概要とアクセス

さて、大河ドラマ館の概要とアクセスの前に。

三箇所ある「豊臣兄弟!」の大河ドラマ館ですが、結局、私は、名古屋中村(愛知県)、長浜(滋賀県)、大和郡山(奈良県)に行きました。

入館料金は3館合計で購入しましたので、1,500円でした。

大河ドラマ館3箇所の構成は共通していますが、豊臣兄弟が、その土地とかかわる時期がちがいますので、ドラマ館にはそれぞれの特色があって興味深いです。それに、各大河ドラマ館の周辺を散策するのも楽しいです。(はなみ)

大河ドラマ館だけではなく、「豊臣兄弟!」の大河ドラマ館三箇所の周辺についても少し書いてみましたので、観光など、何かの参考になれば嬉しいです。

それでは、今回のブログでのご案内、豊臣兄弟!「大和郡山」大河ドラマ館に入ります。

「大和郡山」大河ドラマ館の概要

DMG MORI やまと郡山城ホール 1階フロアマップ(引用:」豊臣兄弟! 大和郡山 大河ドラマ館HPより)

まずは、豊臣兄弟!「大和郡山」大河ドラマ館の概要です。

豊臣兄弟!大和郡山 大河ドラマ館 開催概要
開催期間 2026年3月2日(月)~2027年1月22日(金)
開館時間 10:00~17:00(最終入場16:30)
休館日 11月17日(火)/ 11月24日(火)/ 12月1日(火)
    12月28日(月)~2027年1月4日(月)カレンダー PDFダウンロード
開催場所 DMG MORI やまと郡山城ホール 1階 展示室
入館料 大人600円 小人(小中学生)300円
(団体15人以上:大人500円 小人:250円)
主催 秀長さんプロジェクト推進協議会
※DMG MORI やまと郡山城ホールの休館日は、「大河ドラマ館」の休館日と異なります。こちらからご確認ください。 
大河ドラマ館は、「DMG MORI やまと郡山城ホール」の中にあります。
すぐ横に図書館があるので、大河ドラマ館で頂いた資料など読んだり休憩したり。とても良いかんじでした!

私はよく図書館に行くのですが、丸一日滞在することもあるので、郡山に泊まりたい!と思うくらい居心地の良い図書館でした。(はなみ)

「大和郡山」大河ドラマ館のアクセス

郡山駅近くにあった案内図

次に、大河ドラマ館までのアクセスです。

■電車をご利用の方
JR
大阪駅から約46分(大和路快速)
京都駅から約58分(みやこ路快速/奈良駅で大和路快速に乗り換え)
奈良駅から約4分(大和路快速)
近鉄電車
大阪難波駅から約44分(快速急行/大和西大寺駅で急行に乗り換え)
京都駅から約47分(急行/大和西大寺駅で急行に乗り換え)
大和八木駅から約15分(急行)
■郡山城跡へのアクセス
近鉄郡山駅から徒歩約8分
JR郡山駅から徒歩約18分
外部サイトを別ウインドウで開きますGoogle Map
■駐車場を利用される場合
大和郡山市街地の駐車場は限りがあります。昔のままの道幅の場所もあります。
自動車でお越しの際は、あらかじめ駐車場情報をご確認ください。

私は、近鉄郡山駅で降りて歩いて大河ドラマ館に行きました。

近鉄郡山駅出口付近には、少しですがコインロッカーがあります。今時珍しく300円!

早速、荷物を預けて大河ドラマ館へ!

ちなみに、駅に隣接した大河ドラマ関連のお土産店があります。

ですが、土日やシルバーウイーク等しか営業していないとのこと。お土産は大河ドラマ館で買うのが無難かもしれません。

さて、ちょっと話が逸れましたが、大河ドラマ館までのアクセスです。

大河ドラマ館から郡山城跡は歩いて5分以内だったと思います。

近鉄郡山駅から大河ドラマ館までは、案内図や上の画像のような「道しるべ」があります。分かり易い道で、約10分くらいで到着します。

方向音痴の私でも大丈夫でした。(はなみ)

「大和郡山」大河ドラマ館のご紹介

それでは、豊臣兄弟!「大和郡山」大河ドラマ館のご紹介に入ります。

館内図((引用:」豊臣兄弟! 大和郡山 大河ドラマ館HPより))

上記の図でもわかりますが、大河ドラマ館の構成は、先に見学した名古屋中村や北近江長浜とほとんど同じです。

ですが、「秀長が造った国:大和郡山」、「大和大納言」の大河ドラマ館だけあって、秀長の活躍ぶりを学べるパネルもありました。

ドラマを視聴するには、とても分かり易いガイドブックのようです。必見!

それに、9月以降、いよいよドラマの舞台が「大和郡山」に移ったという事だからだったのか?ドラマ館のスタッフの方は、気迫、サービス精神、熱量がすごかったです。(はなみ)

「大和郡山」大河ドラマ館:ウェルカムメッセージ必見!

秀長の正室「慶」役の吉岡里帆さんのパネル

まず、ウェルカムメッセージは必見!です。

先に見学した名古屋中村や北近江長浜にも、仲野太賀さんのウェルカムメッセージはありました。

しかし、何と!「大和郡山」大河ドラマ館のウェルカムメッセージには、秀長の正室「慶」役の吉岡里帆さんも出演されていました。

お似合いの素敵な二人の映像、必見ですよ。

それはそうと、もちろん、登場人物紹介パネルもあります。

私の尊敬する徳川家康公(松下洸平さん)のパネル。

今回の家康公は、大河ドラマ歴代「家康公」の中で5番目に好きです。(はなみ)

「大和郡山」大河ドラマ館:惣構えの城 郡山城

ところで、「豊臣兄弟!」の大河ドラマ館の中で、一番近距離で「城」を感じられるのは、この「大和郡山」の大河ドラマ館だと思います。

豊臣兄弟!「大和郡山」大河ドラマ館内「惣構えの城 郡山城」のパネル

大河ドラマ館の上のパネルでは、今自分がいるこの場所が「お城の重要な拠点だった」ことが分かります!

惣構えの城 郡山城
~今、歩いているこの町もかつては城の中~
1.大河ドラマ館  郡山城五軒屋敷跡
2.東多聞櫓【再建】  展覧会「秀長と郡山のあゆみ」
3.大納言塚  秀長の墓所
4.郡山八幡神社  城の祈りの守り
5.春岳院  秀長の菩提寺
出典:豊臣兄弟!「大和郡山」大河ドラマ館内「惣構えの城 郡山城」のパネルより抜粋・引用

秀長の菩提寺:春岳院(拝観料500円でした。)

大河ドラマ館の見学後は、あとでご案内します「郡山城跡」の散策がおすすめです!「豊臣秀長」を知り、「大和郡山」の歴史を満喫できる一日になります!(はなみ)

「大和郡山」大河ドラマ館:撮影使用の衣装・小道具の展示

次に、撮影で使用した衣装と小道具の展示物です。

羽柴小一郎長秀の衣装

また展示物は変わるとの事でしたが、9月下旬は以下のような小道具がありました。

紛い物の平蜘蛛・南朝の財宝にまつわる絵図・小一郎と慶の子、末のおくるみ

ブログでご紹介している他にも展示してある小道具がありますよ。お楽しみに!

与一郎の弓矢

「大和郡山」大河ドラマ館:4Kシアター、出演者のサイン展示等

さて、続いては、4Kシアターと出演者のサイン展示についてご案内です。他の大河ドラマ館同様に、4Kシアターとサイン展示は撮影禁止です。

フォトスポット(全身パネルと記念撮影)

私が視聴した時の内容は以下の通りです。

・「豊臣兄弟!」誕生の舞台裏~秀長がいたからこその天下統一~(約10分)
・秀長の面影を訪ねて~大和郡山史跡散歩~(約6分)
「豊臣兄弟!大和郡山大河ドラマ館」シアター入口の案内より(9月下旬に視聴)

仲野太賀さんと池松壮亮さんだからこそ表現できる「兄弟像」のお話等、舞台裏の興味津々話が出てきます。

ところで、サイン展示は主要人物のサインや、イベントの来館記念サインが飾ってありました。確か15人前後のキャストの皆さんの分がありました。

豊臣兄弟!「大和郡山」大河ドラマ館:お土産は?

では、いよいよ、お土産です!「大和郡山」大河ドラマ館のお土産はどんな感じでしょうか?

やはり、「奈良」といえば、「しか(鹿)」。「大和郡山」といえば「金魚」です。

鹿や金魚のかわいい小物やグッズがいっぱいでした!

もちろん!その他、大河ドラマ関連のグッズから、特産品まで充実です。

私は、またも仕事に使える文房具を購入しました。(はなみ)

この画像では伝えきれない美しさ!の家紋入りの上品な紫色のファイルを購入。400円。

お土産の一部をご紹介します。

蚊帳織りふきん550円
ウオーキングタオル1,100円
和三盆わらび餅810円
山芋そば(2人前つゆ付き)860円
葛うどん(2人前つゆ付き)860円
上抹茶そば(2人前つゆ付き)1,300円

飴も素朴で優しい味らしいですが、パッケージは上品でおしゃれな雰囲気。

「大和郡山」大河ドラマ館見学の後は郡山城跡を散策がおすすめ!

それでは、次に、郡山城跡の見どころをご案内します。

大河ドラマ館を見学した後は、郡山城跡を散策するのがおすすめです。

大和郡山城跡

大河ドラマ館から徒歩5分程で城跡の追手門や極楽橋に到着します。

郡山城跡:城の正面追手門

追手門

まず、城の正面追手門から。以下は、お城の前にあった立札の文面を引用しました。

大河ドラマによく出てくる、「筒井順慶」、「松永弾正久秀」、「豊臣秀長」について書かれています。

・筒井順慶が織田信長の後援によって松永弾正久秀を破り、宿願の大和統一の偉業をなし遂げて天正八年(1580)十一月十二日郡山にはいり築城に着手。
・本格的な郡山築城は天正十三年(1585)九月に大和・和泉・紀伊三ヶ国の太守として豊臣秀長が知行高百万石をもって入城してからのことである。
・関ケ原の戦後、郡山城は徳川方に接収されて城は取り壊しとなり建物のすべては伏見城に移された。
・享保九年(1724)三月十一日禁裡守護の大任を帯びて、十五万石余をもって甲府城から郡山に移封なった柳澤甲斐守吉里は一庵丸門を梅林門と名を替える。
・郡山城は柳澤家にうけ継がれ、明治維新を迎えて廃城となった。
出典:追手門前の立札「郡山城ならびに追手門(梅林門)の由来」より抜粋して引用

また、その他、私の大好きな赤穂浪士に関わる柳澤家の事についても書かれており、すごく「トクした」見学となりました!(はなみ)

郡山城跡:天守台からの眺め・極楽橋・逆さ地蔵

次に、郡山城跡の天守台からの眺めですが、事前に城下町や奈良盆地が見渡せる眺望と知り、楽しみにしていました。

写真が下手で申し訳ないのですが、説明書きを確認しながら素晴らしい眺めを堪能しました。

天守台からの眺め

そんなに高くはないのに、見晴らしがすごく良かったので驚きました!(はなみ)

郡山城天守台
郡山城の歴史
天正8(1580)年、筒井順慶が入城、大和国唯一の城郭として築城を開始する。同13(1585)年に入部した豊臣秀長によって本格的に整備された。文禄4(1595)年に入部した増田長盛による外堀普請で完成した城郭の形状は現在までその姿を良好に保っている。
関ヶ原の戦い後一時在番支配となるが、大坂・京都に近い要衝として幕府に重要視されて元和元(1615)年に復興。水野、松平、本多といった諸代大名が相次いで城主を努める。
享保9(1724)年、甲斐国甲府より柳澤吉里が入部する。以降幕末まで安定した治世が続き、江戸時代を通じて大和国の政治、経済、文化の中心地として繁栄した。
天守台の構造
本丸の北端部に位置する。城内でも高所にあり、東方への眺望が開ける。石垣は野面積みで、自然石の他に石仏や礎石、墓石などの転用材が多く用いられている。逆さ地蔵は特に有名である。
天守台からの眺望
特に東方への展望が開け、大和東山の連山が一望できる。平城京、南都の諸寺、龍王山、三輪山、大和三山など。西側は矢田丘陵~二上山、金剛葛城山系が望める。大和国を支配するために好適な地だったことがよくわかる。
平成29年3月 大和郡山市
出典:郡山城天守台付近の説明書きより引用

では、続いては「極楽橋」です。

本当に、「極楽」に続いてそうな綺麗な橋ですよ。(はなみ)

極楽橋

本丸へ続く、蘇りの橋
極楽橋
極楽橋は本丸を囲う内堀に架かる橋で、本丸へ向かう正式な登城ルートとして重んじられてきました。
明治初期の廃城令で失われましたが、2021年に再建され、往時の姿がよみがえりました。橋は江戸時代を通じて同じ位置で何度も架け替えられたことが発掘調査で明らかになっており、柳澤時代の橋の規模を基に再建されました。
出典:大和郡山市ゆるり散策マップ(発行:秀長さんプロジェクト推進協議会)より引用

ところで、上記「郡山城天守台」のの説明書きにも出てきました「さかさ地蔵」(上記では「逆さ地蔵」)ですが。

下の画像にもあるように、案内があるのです。皆さまにも「さかさ地蔵」をご覧頂きたいです。

「さかさ地蔵」様、かろうじて、なんとなく見えました。暗かったのが残念!

実際には暗くて、「ここがお顔かな?」っというかんじでしたが、この立札からははっきり見えます。

さかさ地蔵 
郡山城天守台の北面石垣の築石として積まれた地域で、頭部を奥にうつむきに積み込まれているためにさかさ地蔵の名で呼ばれています。仏身は約90センチで、左手に宝珠、右手に錫杖を持ち、大永3年(1523)癸未7月18日の刻銘があります。いつのころからか信仰を集め、供養のために五輪塔や石灯籠が立てられ、路傍の石仏も数多く集められています。
郡山城の石垣にはさまざまな転用石材が使用されています。寺院の礎石、石塔、石仏、日常生活に使う石臼などで、石垣の表面だけでも750基あまりが確認されています。石垣の裏込め石など目に見えない部分にも多数の転用石材が使われていると考えられます。
出典:上の画像「さかさ地蔵」の説明書きより引用

郡山城跡:柳澤神社

それでは、最後にご紹介するのは、あの、「柳沢家」です。

私の尊敬する大石内蔵助様の「赤穂浪士ドラマ」に登場する「柳沢吉保」ゆかりの「柳澤神社」です。

柳澤神社

歴史を見守る城内の社
柳澤神社
江戸時代中期(1724年)に柳澤吉里が郡山藩主として入封し、以降、明治維新まで柳澤家による藩政が営まれました。柳澤神社は、郡山城が廃城した明治に、旧藩士たちが中心となって城内に造営された神社で、吉里の父で、五代将軍綱吉の側用人として重用された柳澤吉保を祭神としてお祀りしています。
出典:大和郡山市ゆるり散策マップ(発行:秀長さんプロジェクト推進協議会)より引用

「豊臣兄弟!」の大河ドラマ館見学の為に訪れた大和郡山で、「赤穂浪士」関連重要人物ゆかりの神社にも出会えて更に充実した一日でした!(はなみ)

柳澤吉保・吉里親子に関しては、1999年大河ドラマ「元禄繚乱」のブログでも触れています。ご覧頂ければ大変嬉しいです。

それはそうと、「大和郡山」は「金魚」が有名です。ですが、金魚が有名になったのは、「柳澤家の奨励に始まるもの」だったとのこと!

大和郡山はお城と金魚のまち
大和郡山は、奈良県では数少ない城下町です。郡山城は、当地の戦国大名筒井順慶の築城に始まり、天正13年(1585)入部した豊臣秀長によって大和国最大の城郭と城下町が作られました。
大和郡山の金魚養殖は、江戸時代の郡山藩主 柳澤家の奨励に始まるもので、城下町では様々な金魚スポットに出会えます。
出典:大和郡山城下町巡りマップより引用

大和郡山が金魚の町になった始まりが柳澤家だったとは!私は初めて知って大変驚きました。(はなみ)

下のサイトでも「吉里が甲斐の国から郡山藩主として国替りしてきた時に持ってきたと伝えられいます 。」とあります。

豊臣兄弟!大河ドラマ館「大和郡山」に行ってきました!:まとめ

さて、今回のブログでご紹介したのは、「豊臣兄弟!」の「大和郡山」大河ドラマ館と、大和郡山城跡です。

大河ドラマ館へのアクセス、館内の展示パネル、撮影使用の衣装や小道具、4Kシアター内容等をお伝えしています。

また、大河ドラマ館内の見学後に行った郡山城跡の見どころ、追手門、天守台、さかさ地蔵、柳澤神社等もご案内しています。

このブログが読んで下さった方のお役に立てましたら幸いです。

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出典:
豊臣兄弟! 大和郡山 大河ドラマ館HP
豊臣兄弟!⼤和郡山⼤河ドラマ館カレンダー
DMG MORI やまと郡山城ホール
Google Map(郡山城跡) 
豊臣兄弟! 大和郡山 大河ドラマ館(交通アクセス)HP
豊臣兄弟!「大和郡山」大河ドラマ館内「惣構えの城 郡山城」のパネル
「豊臣兄弟!大和郡山大河ドラマ館」シアター入口の案内
追手門前の立札「郡山城ならびに追手門(梅林門)の由来」
郡山城天守台付近の説明書き
大和郡山市ゆるり散策マップ(発行:秀長さんプロジェクト推進協議会)
「さかさ地蔵」の説明書き
大和郡山城下町巡りマップ
金魚のふる里HP(郡山金魚資料館 (有)やまと錦魚園)